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週刊チャオの歴史

2006年08月01日

週チャオは第1期・第2期含めると10年近く(2008年末現在)もの長い(?)歴史があります。
それをちょっと紐解いてみましょう……。かなり誇張表現があるかも(核爆)
※Spetial thanks to ホップスター様、ナル様、夕霧様、NORIMARO様

第1期週刊チャオ

紀元前(98年12月23日~99年1月30日)

1998年12月23日。1つのゲームソフトが発売されました。
「ソニックアドベンチャー」。その中に、チャオはいました。

発売と同時に開設された公式BBS(=旧・チャオのBBS)は、3週間で60ページ以上の、まさに驚愕の勢いで更新されていきました。しかし発売からしばらく経つと、更新速度は衰えを見せ始めました。理由は簡単、話題が減ったのです。それでもみんなは、チャオ、そしてチャオBBSを愛していました。何かを書き込みたいと、必死でした。

『私はここに居ます』
そう、皆に伝えたかったのです。それが『小説の氾濫』という形で現れました。
しかし、それでは本来のBBSの意味がなくなってしまう。そう考えた人々は、みんなで話し合いを始めました。 そして生まれたのが『週刊チャオ』――週チャオの、誕生でした。

初期(創刊(1月30日)~99年5月頃)

初めは週チャオ創生メンバー中心に多数の掲載者で賑わっていましたが、じきに中途参加者が中心になります。そんな中、3月~4月にかけて最初の危機を迎えます。 とある原因で、チャオB全体が荒れ始めたのです。それと同時に、週チャオも停滞期を迎えました。

しかし、救世主が現れました。いえ、普通の新規参加者なんですが、小説を書いて週チャオを盛り上げてくれたんですね。さらに、荒れた原因も解決し、チャオBと週チャオは再び盛り上がっていきました。

中期(99年5月頃~00年1月頃)

時を経るに連れ、参加者は増減を繰り返しながら徐々に減少していきます。しかし、この時期こそが一番盛り上がった時期でもありました。特に、チャオ1周年であった12月23日のチャオBは、後に伝説として長く伝えられる事になります。

ですが皮肉なことに、これを境に週チャオは衰退の一途をたどって行くのでした。

後期(00年1月頃~00年7月28日)

マンネリ化・内輪化が確実に進行していきます。これに危機を感じたメンバーの数名が活性化の議論を開始するも、時既に遅し。
急転直下で休刊の方向へ、そして2000年7月28日、第78号をもって週チャオは休刊となりました。ソニアド2発売での復活を堅く誓って――。

休刊期(00年7月28日~01年9月8日)

2001年4月頃から、復活への議論が始まりました。ですが、具体的な策がまとまらないままソニアド2発売(01年6月23日)を迎えます。 しかし、そこに現れたソニアド2公式チャオBBSは皆の思っていたものと違いました。年齢制限という『障害』に疑問を感じてその年齢になっているにも関わらず参加しない人もいました。
そんな中急速に話は萎み、ついに2001年9月8日、「新チャオBに合わない」との理由で週チャオ復活は断念されたのです。苦渋の決断でしたが、他に道はありませんでした。

第2期週刊チャオ

間期(01年9月8日~02年3月9日)

週チャオは2度と復活しないかに見えました。しかし、運命の歯車はこのままでは終わらせてはくれませんでした。
ゲームキューブ版「ソニックアドベンチャー2バトル」の発売により、再びチャオBに活気が戻ったのです。そして、小説が溢れ出したのです。
これは、誰もが予想だにしなかった展開でした。そこに、わずかに残っていた第1期週チャオレギュラーが立ち上がったのです。

週チャオという、夢と伝説を、再び。
そして、2002年3月9日。
1年7ヶ月という遥かな時を超え、週チャオは蘇りました――。

受容期(02年3月9日~04年4月頃)

新しいBBSに合わせた試行錯誤もあったものの、週チャオの仕組みは次第に安定していきます。それと同時に、週チャオは次第に新しいチャオBに受け入れられていきました。
新しいBBSは、活気にあふれていました。 02年冬には初の同人誌刊行を果たすなど、チャオBそのものの活気と合わせて、とても盛り上がった時期でした。

とはいえ、いくつかの課題があったことも否めません。
「週チャオはチャオBに氾濫する小説を整理できていないのではないか」
「運営スタッフに古参が多く、書き手の視点を取り入れきれてないのではないか」
といった意見が挙がることもありました。

しかし、当時は編集長一人が週チャオの方針を決めていたため、大きな変更が取り入れられることはありませんでした。

最盛期(04年5月頃~04年秋頃)

あるレギュラーが週チャオのメリットを紹介したのをきっかけとして、それまでチャオBに直接作品を掲載していたたくさんの作家が週チャオに流入しました。 それまでの週チャオの作品群と、比較的若い年代層の作品群が融合し、新たな文化を形成していきます。 これにより、週チャオはかつて類を見ないほどの大きな盛り上がりを見せることになりました。

小説は週チャオへ掲載するという暗黙の了解が確立されたのもこの頃です。 この後、チャオBと週チャオは、互いに欠かす事の出来ないパートナーのような立ち位置で、歩んでいくことになります。

革新期(04年5月頃~05年春頃)

爆発的に増加する週チャオの参加者。小説を整理できていない問題には一応の決着がついたものの、当時の週チャオは、ここまでたくさんの作家に利用されることを想定した作りではありませんでした。
しかもその裏では、編集長ほか第1期週チャオレギュラーが次々と引退していき、残った極々一部の人たちに大きな負担がかかっているという現実が。

「このままではいけない」

この存亡の危機に、第2期メンバーが立ち上がりました。彼らは、表紙を立てる当番制を先輩達から引き継ぎ、さらにサークルの創設などの新企画などで週チャオをサポートし始めました。 週刊チャオには新しく、話し合いにより議論を決定するシステムが築かれました。

表紙のスタイルが変わったのもこの頃です。たくさんの作品、感想があっても読みやすいように、ツリーの形が洗練されました。編集部ホームページも移転を果たすなど、積極的な編集部像をアピールすることによって、新たな運営陣を獲得。
週チャオは、生まれ変わりました。

安定期(05年夏頃~07年夏頃)

2005年に入り、週チャオは再び安定の時代へと戻ろうとしていました。 サークルが本格的な活動を開始。「チャオを愛する人たちの架け橋」をテーマに、コミュニティ色を強めていきます。 安定期には、このサークルがきっかけとなって生まれた作品も少なくありません。

しかし一方で、参加者はゆっくりと減少の道を辿っていました。 週刊チャオサークルは週刊チャオに活気をもたらしましたが、参加者の減少に歯止めをかけるほどには至りませんでした。

衰退期(07年秋頃~08年12月23日)

いよいよ週チャオの参加者減が顕著になってきます。しかし、それ以上に顕著であったのが、チャオBの参加者減でした。
2008年7月15日、チャオBはサーバ移転のためメンテナンスとなりました。しかし、メンテナンスが開けてすぐに、不具合が見つかりました。書き込みが出来なくなっていたのです。これ以降、チャオBは復旧の見込みがないまま現在に至ります。

この状況の中、週チャオは参加者からの強い要望により、サークル掲示板に一時避難して発行を継続し始めました。しかし、この移転を契機に、週チャオの参加者は更に減少してしまいました。

2008年9月13日、週チャオは、チャオ10周年の聖誕祭をもって休刊とする事が決まりました。
それが、最良の道でした。



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